『ヘッジファンドの錬金術』(ジェームズ・アルタッチャー著)

著者のアルタッチャーはヘッジファンド「フォーミュラーキャピタル」のパートナー。雑誌やテレビ番組でも活躍。

以下、個人的な備忘録。

ニューバンク(銀行の補完)

ヘッジファンドの一部は、銀行が面倒で手を出さないニッチ市場に進出して成功している。
オルタナティブ投資としては魅力的だがヘッジファンド同士の競争も激しくなっている。

サブプライム層向け自動車ローン

信用度が相対的に低く銀行ローンや自動車ローンを借りられない顧客が対象。
金利は年15%から20%と高い。そのため長期金利が上昇しても影響は局所的なのでボラティリティが低い。債券や株式との相関係数が小さい。また個々のローンは1件1万6000ドル程度で小さく、地理的な偏りもない。

トレードファイナンス(ファクタリング)

例えば、大型ディスカウントショップと家電メーカーの間に立って売買代金を数ヶ月立て替える。金利は年15%程度。ウォルマートやコストコが倒産する確率は小さい。

不動産担保ローン

不動産を担保にして時価の67%を上限に年11%から年14%の利率で貸付を行なう。貸付期間は数年程度。貸し倒れ率は極めて低い。

シニア層に対する生命保険料の融資

米国では生命保険のセカンダリ市場が存在するので、保険契約を売却することが可能。
その前提で、自分の保険契約を担保にしてお金を借りて現在進行形で保険料を支払うシニア層が顧客となる。
金利は年10%から15%。
市場参入するにはアクチュアリー(actuary)や州ごとに異なる法規制についての知識が必要。

不動産に対する租税先取特権

州政府が取りっぱぐれた税金(未徴収税)に対しては租税先取特権(タックス・リーエン/tax lien)が発生する。遅延損害金の州によって異なるが年8%から年50%。
この租税先取特権を購入して滞納者から税金相当額と遅延損害金を回収するビジネス。財産の処分を法的に申し立てできるので未回収リスクは低い。

ニューヨークのメダリオンタクシー

ニューヨーク市でタクシーを営業するには営業許可証(メダリオン)が必要だが高騰していてる。タクシードライバーとして働きたい人の多くは低所得者であり、メダリオンを購入する余力がない。
メダリオンを担保として購入費をファイナンスするビジネスが存在する。

その他

アクティビズム(モノ言う株主)

キャッシュフローが安定していて自己資本利益率(ROE)が低い企業が対象。
まず、13Dファイリングが不要な4.9%まで購入した後、10%程度までポジションを増やす。
5%超えで13Dファイリングが必要になるが、逆に自己アピールに有効なタイミングでもある。

クレジットカード債権

シティグループのようなクレカ発行体は、90日遅延のカード債権を額面の8%から10%で売却する。回収できる期待値は20%から25%なので差額が回収業者の粗利になる。

回収率は州法によって異なるので、債務者に寛容な州(テキサス・フロリダ・ジョージアなど南部)は厳しい州(オハイオ・ミシガン・イリノイなど北部)に比べて債権取引価格が低い(数分の1になるケースもある)。

PIPEs(Private Investments in Public Equities/私募増資)

一般的に、私募増資は公募増資に比べて手間がかからずスピーディで費用も安い。
この思慕増資を引き受けて利益を狙うヘッジファンドが存在する(個人投資家の参入は無理)。

死のスパイラル

企業の業績が悪い場合は「死のスパイラル」と呼ばれる方法で私募増資することがある。例えば「過去10営業日の安値の平均値」の転換価格を定めた転換社債で、株価が大幅に下落しても債権購入者には利益を得るチャンスが残る。

新IPO

1990年代はIPOで大儲けするチャンスがあった。それはIPOカレンダーを見て主幹事(例えばゴールドマンサックス)を探して大口の売買取引を行なう(銘柄は何でも良い)。そうすると取引量に応じてIPO銘柄の割当をもらえたので上場後に売却して大金を得ることができた。

当局の締め付けにより現在では昔ほどのオイシイ話ではなくなっている。

買収目的会社(SPAC)

SPACはIPOを通じて調達した資金をブラインドプールする。資金の85%から90%はエスクローで保全される(残りは給与や合併費用等に使われる)。

2004年時点で著者(アルタッチャー)は、個人投資家がプライベートエクイティに参加する機会として「当面の間」はSPACに好意的(PACがメジャーになると色々と問題が出てくる可能性を示唆)。

ダッチオークション

ダッチオークションでは、上位の金額をつけた落札者のなかの最安値がクリアリングプライスとして採用される(落札者の中で最低価格をつけた人と同じ価格が他の落札者にも採用される)。事前の割当を決める権利は投資銀行になく、個人投資家でも市場取引前の価格で株式を入手できる。

その結果、価格は低く抑えられるので、ダッチオークションIPOの参加者(購入者)は利益を得る可能性が高い。

ダッチオークションIPOの代表例は2004年のグーグル。

裏口上場

公開企業が未上場企業を買収し、社名を未上場企業のものに変更する。そして未上場企業が公開企業の支配権を握る。それによって未上場企業が裏口上場することができる。

代表的な例はバークシャー・ハサウェイ。社名変更こそしなかったが、バフェットは繊維会社を使って保険帝国を合併させて投資会社とした。

資産家の投資法

米国では5%以上の大株主になった場合は10日以内にSECへの届出が義務付けられている。それら(Form 4, Schedule 13D, 13F-HR)を追うことで著名投資家の投資行動が分かる。

  • マーク・キューバン
  • ビル・ゲイツ
  • マイケル・デル
  • ブルースコフナー
  • ピーター・リンチ
  • ジョージ・ソロス
  • ピーターケロッグ
  • カール・アイカーン

クローズドエンド型アービトラージ

一般的な株式インデックスファンドの価格は純資産価格(NAV)に基づいている。たとえば、上場しているS&P500連動ETFは、それを構成している銘柄(S&P500)の時価総額による加重平均と(理論上は)常に一致する。

他方、クローズドエンド型ファンド(CEF)とは、例えばリートのように、純資産価格(NAV)とは必ずしも一致しない。CEFの投資対象は、債権や流動性の低い銘柄やプラーベートエクイティなど幅広い。

CEFは、一般に、NAVにプレミアムが付いて高値で売買され、徐々に価格が下がり、最終的にはNAVを下回る。ディスカウントされる仕組みは下記のとおり。

  • CEFは人気が低いので、IPO後に軟調になるとそのまま低価格で放置される。
  • CEFが指標を下回るとファンドマネージャーに対する投資家の信頼が揺らいでヂィスカウント価格でも見切売りされる。
  • NAVは評価益を含んでおり、売却益への課税を考慮した場合はヂィスカウント価格が適正。
  • CEFのポートフォリオには流動性が低かったり、正確な価値を評価しにくい銘柄が含まれていて、保守的に評価するとNAVよりも低くなる。

CEFは、投資するメリットは、

  • NAVよりも低い価格で取引されているので、逆に言えば、高い配当を見込める(CEFは利益の大半を配当に回す)。
  • ディスカウント価格が縮小する可能性がある。

という点。

大幅なディスカウント価格で売買されてるCEFは平均回避する傾向がある(ドミニック・ガスバッロ、J.ケントン・ズムワルトおよびリチャード・ジョンソン)。しかし、ディスカウント価格のファンドをロングし、プレミアム価格のファンドをショートする戦略は上手く機能しない(ジョージ・マサキ・フリン)。

クローズドエンド型ファンドのアービトラージ戦略は、大幅なディスカウント価格で売買されてるCEFをロング(購入)し、その構成銘柄をショート(空売り)する。構成銘柄の株価が下落しても、CEFはNAVよりも既に低い価格で取引されているので下落率は個別銘柄よりも小さいと考えられる。逆に構成銘柄の株価が上昇すれば、それ以上のスピードで上昇するはず。
このアービトラージ戦略は個人投資家でも実践することが可能。

空売り

著者(アルタッチャー)は基本的に「空売り」には否定的。特に売り持ちしてはいけない(当日大引け前に手仕舞うべき)。

例外的に成功しそうな例は「金曜日のギャップに逆張り」する方法。一般に「週の初めに素人が参入し、週の終わりに玄人筋のスマートマネーが参入する」と言われている。したがって、例えばNASDAQ100が木曜までに上昇した週(月曜から木曜までに2%以上上昇)の金曜日に、始値でショートし終値で買い戻すことにより利益を狙うことが可能(2000年から2005年の間では勝率7割強)。

人生を豊かにするもの

絵画やレアコイン(米国金貨等)に投資する方法が存在する。

絵画の指標としては「新メイ・モーゼス美術品インデックス」が存在し、S&P500と同等なリターンを上げている。美術品に投資するファンドやオークション等を利用した裁定取引をするファンドも存在する。

デヴィッド・ボウイが保有する楽曲の著作権等を担保とした債券(資産担保証券)が1997年に発行された(ボウイ債/プルマン債)。

※ジェームス・ブラウン等のミュージシャンも同様の債券を発行している。

トレンドとカウンタートレンド

世界中の株式・商品・通貨・債券の市場のどこかでトレンドが発生していると考えるのがトレンドフォロワー。しかし筆者(アルタッチャー)は、市場下落時に手仕舞いに殺到するのでドローダウン(資産の下落幅)が非常に大きくなるリスクがあるので、トレンドフォロワーには否定的。

むしろカウンタートレンド(逆張り)の方が利益を得られる可能性がある。

ナスダック100ETF(QQQ)の終値が、安値の10日移動平均線から1.5標準偏差下回ったときに購入する逆張りだと勝率が良い(仕掛け値よりも高い終値になった場合あるいは利益が出ずに20日間経過した場合に手仕舞いする)。

また、クリスマス時期(12月15日から31日)に小売ETF(RTH)が2%以上下落した場合、翌日の始値で購入すれば儲ける可能性が高い。理由は、マスコミがクリスマス商戦の先行きをネガティブに報道しているだけで平均回帰する可能性が高いため。

同様に、失業率が悪化(上昇)したニュースに対して逆張りすることによって(つまりニュースによって下落したS&P500を購入することによって)利益を得られる可能性が高い。

株式インデックスファンド

株式インデックスファンドは「株式全体」と考えられている。しかし実際のところナスダック100(QQQ)は年間20銘柄から50銘柄が入れ替えられている。これはアクティブファンドに近い。

1999年のナスダック100採用である30銘柄を調査したところ、採用時に購入すればイーベイを除く29社では損失を出すことになる。逆に1999年にナスダック100から除外された30銘柄については、100%以上上昇した5銘柄を含めて利益をえられるケースも多い。
採用銘柄から外されたあとの一時的な売り圧力が収まると株価が急上昇することが多くある。

ヘッジファンドへの投資リスク

ヘッジファンドは詐欺も含まれるから要注意。
そもそもSECには全てのヘッジファンドを管理する人員は居ない。

読後感

本書を読んで直接的な投資ノウハウを吸収することは難しいですが、いわゆる「オルタナティブ投資」(株式や債券などの伝統的資産とは異なる代替的な資産への投資)について具体的なイメージを得られる点で良書だと思います。具体的な例や実際の運営者とのインタビュー内容が記載されていてオルタナティブ投資への具体的なイメージが深まるのではないかと。

そうは言っても、ヘッジファンドへの投資は、最低額が高額(ファンド・オブ・ファンズだと手数料がダブルでかなり割高)、玉石混交、そして何よりもトラブル時の法的保護が弱すぎる等の問題点が多いので個人的には投資対象にはならないと思います。

ちなみに、本書の債権回収ビジネスで取り上げられて企業のライバルとしてティッカーシンボル「PRAA」が言及されていました。偶然にも、個人的にこの会社(PRAグループ)の株式を保有しているのですが、S&P500との相関はあまり高くないという指摘は非常に面白いと感じました(ざくっとチャートを見た限りでは多少は相関しているように見えますが時間があれば相関係数の計算をしてみたいと思います)。

(了)