『新・賢明なる投資家(上/下)』(ベンジャミン・グレアム著)

著者のベンジャミン・グレアムはウォーレン・バフェットの師匠。かつてバフェットは自分の思考法は「グレアム85%・フィッシャー15%」と語っている。

以下、個人的な備忘録。

無謀な投機

ウォール街における熱狂は大抵、破滅へと続く。

賢明な投機も存在するが、下記のような投機は無謀である。

①投資と勘違いした投機

②適切な知識と技術を持たない投機

③リスクを許容できないほどび大金を賭けた投機

信用取引をする素人は、そのこと自体が投機であることを認識すべきである。いわゆる「人気」株を買う人はすべて投機をしている。

インフレ対策

ダイヤモンド、名画、初版本、希少な切手や硬貨などは市場価値が上がり続けているが、ほとんどの場合、相場価格には人為的または不安定で非現実的な要素がある。その分野に明るくないと安全ではない。

株式が大規模なインフレに対して十分な保険となる確証はないが、債券よりは確かである。したがって、投資家のポートフォリオの中に相当量の株式を組み込むべき。

防衛的な投資家のポートフォリオ

優良株式の比率は25%から75%。残りは優良債権。相場水準が危険なまでに高くなったと判断すれば、株式の割合を50%以下に引き下げる。株式が割安になった場合は最大75%まで引き上げる。

しかし、言うは易くとも、いざ実行するのは難しい。過去の大幅な上昇および下落局面において個人投資家はこれとは逆のことを行なってきた。今後もこうした状況は変わらないだろう。

組入れ銘柄

①十分だが過度にならない分散投資。例えば10銘柄以上30銘柄以下。

②財務内容の良い有名な大企業。

③長期にわたる継続的な配当金の実績。

④株価の上限は、過去7年間の平均企業収益の25倍、過去1年間の企業収益の20倍(PER20倍)。

成長株

成長株は10年間でEPS2倍が目安(年7.1%の利益成長)。成長株は確かに魅力的であるが法外な値段のことが多い。防衛的な投資家にとっては不確実でリスクが高い。

強気相場の特徴

①歴史的に高い株価水準

②高いPER

③債券利回りと比較して相対的に低い配当利回り

④信用取引による投機の増加

⑤低品質な新規公開(IPO)件数の増加

株価の決定要因

株価決定の第一要因は「将来の平均収益」。他の要因は「還元利回り」に関するもの。

①全般的な長期見通し

証券アナリストの目標株価は将来的な成長見通しを織り込む。ただし予想の「正誤は半々」(あまり信用できない)。

②経営者

有能な経営者であれば確かに良い業績が期待できる。ただし、経営者を評価する客観的(数量的)かつ合理的な基準はない。

③財務内容の健全性と資本構成

証券アナリストは優先株や多額の銀行借入をマイナス要因として評価に織り込み済み。ある程度は妥当。

④配当実績

長期にわたる安定的な配当はプラス要因。

⑤配当率(配当性向)

1969年当時の配当性向は55%(ダウ平均の採用銘柄では59.5%)。成長企業なら業務拡大のために内部留保は許容されるが、そうでなければ伝統にしたがって6割を配当に回すべき。

※現在は米国の税法が変更になって配当性向は下落。代わりに自社株買いが増加。

成長株の評価式(参考)

証券アナリストが成長株の評価について様々な予想をしているが、それらは近似的に下記の単純な式で表される(グレアムが推奨している訳ではない。あくまで証券アナリストの見解に基づく)。

  • 価値=現在の(標準的)収益×(8.5+予想年間成長率×2)

「予想年間成長率」は7年から10年後の予想値。

将来の成長率を正確に予想できるアナリストはいない。なので投資家は安全率を設けて低めに見込んでおくべき。

また、金利の変動は予想収益や予想配当の現在価値に大きな影響を与えるが、将来の金利を予想するのは非常に困難。

したがって、上記の公式は余り信用できない。

業界分析

対象企業が属する業界の将来性や業界での地位を分析することは有益。しかし、それらは一般に株価に織り込み済み。

成長企業への絶好の投資機会を逃して悔やまないようにリスクを取るか、保守的姿勢を貫くかは、投資家次第(どちらでも良い)。

個別銘柄の購入基準

防衛的(保守的)投資家はインデックス銘柄を購入するか、個別銘柄を選択するかの二者択一。後者(個別銘柄の購入)の場合は、下記の基準を満たすこと。

①企業規模

製造業では売上高10億ドル以上、公益企業では総資産5000ドル以上。

②財務状況

製造業では流動資産が流動負債の2倍以上、または長期負債が純流動資産(運転資本)以下。公益企業では、負債が株式資本(簿価)の2倍以下。

③収益の安定性

過去10年間で赤字がないこと。

④配当

過去20年間で無配がないこと。

⑤利益成長

過去10年間において、直近3年間のEPS(1株当たり利益)が当初3年間のEPSの4/3倍以上であること。

⑥株価収益率(PER)

株価が過去3年間の平均収益の15倍以下であること。

⑦株価純資産倍率(PBR)

1.5倍以下であること。

ただし、「PER×PBR」が22.5未満であればPBRが1.5倍を超えても許容範囲内。

その他

証券アナリストで上記⑥⑦に異論を唱える人は多い。しかし、行き過ぎた株価は将来も利益が増え続けることが前提になるので、安全だとは言えない。

PER15倍以下の個別銘柄で構成されるポートフォリオは平均PERが13倍程度になる。この株式益回り(PERの逆数)が、優良債権の利回りと同程度になることが望ましい。

公益企業銘柄

電力会社は防衛的(保守的)投資家にとって有益な投資対象。
ただし、ガスパイプライン会社は除く(債券の発行額が膨大なため)。

金融銘柄

他の事業株と同様に、収益(利益)と簿価との釣り合いで株価を見る。

鉄道株

激しい競争と厳しい規制がある(現在では航空会社に該当)。お勧めしない。

安全域(Margin of Safety)

もともとは債券投資家の概念。

債券は企業業績が上振れした時にはプラスの利益は無く、企業業績が下振れした時には損失を被るリスクがある。なので、一般的な債券投資家は負債を大幅に上回る資産がある(大きな安全域がある)企業に対して債券投資をおこなう。

これを株式投資に応用すると、

  • 安全域=(益回り-債券利回り)÷債券利回り

たとえば、かなり以前は米国で代表的な銘柄は「PER11倍」で「債券利回り年4%」だったので、

  • 安全域=(9.1%-4%)÷4%=127%

となる。

これは十分に大きな安全域。逆に(計算するまでもなく)益回りと債券利回りが同じであれば安全域はゼロ(リスクを取って株式投資はしない)。

一流銘柄と二流銘柄

景気が良いときには株価が高く、安全域が小さい。そういうときに高値掴みした投資家は株価下落に耐えられない。

数年にわたって平均的な価格で一流銘柄を購入した投資家は、ある程度の安全域があるので、株価が下落してもダメージは小さい。株価は必ず戻る。ただし、二流銘柄はリスクが大きい(時間を分散して一流銘柄を購入すべき)。

成長銘柄

成長株は過去の益回りではなく期待収益率で株価が決定される。期待収益率が適切に設定されていたとしても、安全域はかなり小さい。保守的な投資家にはお勧めしない。

読後感

グレアムの証券分析手法は当時は革新的な考え方でバフェットが深く傾倒したのもよく分かります。現在の知見と比べてみても十分に正しいことがよく分かり、それはグレアムが株式投資の本質を理解していたということでもあります。

当初はエッジ(他の投資家に対する優位性)があったものの、晩年、グレアムは証券分析だけで超過収益を得るのは労力に見合わないという主旨の発言をしています。

これは世の常で、たとえばブラック・ショールズ方程式をフィッシャー・ブラック本人に先駆けて導出し、開場されたばかりのシカゴ・オプション取引所で一人勝ちしたエドワード・ソープでも、手法をマネたライバルの参加によって市場は競争的になり、晩年は別の投資(貯蓄貸付組合/S&Lのアービトラージ)に興味が移っています。

弟子であるバフェットもまた、グレアム的な投資手法(財務諸表をメインにして個別の深い調査はせずに数をこなして多くのシケモク銘柄を購入)から、盟友のチャーリー・マンガー経由でフィリップ・フィッシャー的な投資手法(DCF法/割引キャッシュフロー法的な視点)を取り入れて進化しています(保険会社のフロートを投資資金として活用するアイディアも当時はバフェットのオリジナル)。

言うまでもなく、世の中で喧伝されるアノマリーの大半は時間の経過とともにエッジを失って実際の投資には耐えられなくなっています(効率的市場仮説の復権)。

そのような時代の流れにあっても、本書は株式投資における必須の基礎知識として今なお有効だと思いました。

(了)