著者のアンソニー・ロビンズは米国で著名な自己啓発(ポジティブ・シンキング)の講演者。本書はベストセラーとなった『MONEY』(Master the Game: 7 Simple Steps to Financial Freedom)を上下に分けて抄訳したもの。
本書は単なる投資指南本ではなく、2つの特徴を持っています。1つは著者の知名度と人脈を活かして著名投資家に直接インタビューをしたこと。もう1つは本業である「自己啓発」の観点から読者に「投資」を動機付けさせる構成になっていることです。
自己啓発に関しては、Amazonの書評を読むと「自己啓発が刺さった人」と「そうでない人」で評価が真っ二つに分かれていて面白いと思います。個人的には後者でしたが、生のインタビューから得られるものが多くありました。
以下、個人的な備忘録です。
『世界のエリート投資家は何を考えているのか』
人生で一番の恐怖
これは良く分かりますよね。
資本主義である以上、お金がないと住む場所はおろか、日々の食べ物にも困ります。単に死ぬのではなく、悲惨な死が待っているということですから。
クリティカル・マス(臨界質量)
これは正しくそのとおりで、トマ・ピケティが『21世紀の資本』で明らかにしたように仮に「資産から得られる利益の期待値は年5%」だとすれば、投資資産100万円ならリターンは年5万円ですが、1000万円なら年50万円、1億円なら年500万円になります。
投資資産が幾らあれば臨界点を超えられるかの判断は難しいのですが、最近流行の省エネモードで働くことを前提に早期リタイアする「FIRE」(Financial Independence, Retire Early)だと投資資産5000万円で年250万円の不労所得という感じでしょうか。
完全リタイアだと少なくても1億円、できれば数億円だと思うのですが、とりあえず投資資産5000万円から1億円の間に1つの臨界点があるような気がします。
サルとリンゴ
これは行動経済学で有名な「プロスペクト理論」を分かりやすく寓話にしたものですね。
人間には損失回避願望があって「1ドルの損失」の負の効用は「2.5ドルの利得」の効用と同じ絶対値があると考えられています。なので「リンゴ2個をもらったのに1個を取り上げられた」というのは「気分的には2ドルもらったけど2.5ドルを取り上げられたのと同じ」ということでしょうか。
リバランス
確かに、今ホットな資産クラスを売って、イマイチな資産クラスを買うには強い自制心が必要とされる。しかし、これを怠ると、将来、大きな損失を招くことになる。
これも正論でしかありません。
リバランスをすることによって、「割高な資産クラス売却」と「割安な資産クラス購入」を同時に実現できるというメリットがあります。これによって、長期的な視点から「リスク低減」と「リターン向上」の両方を期待することができます。
ここで重要なのは、本書に記載されている著名投資家とのインタビュー以外にも多くの投資本を読み、多くの投資家にインタビューをしている著者が、「投資家の全員がリバランスの重要性に同意した」と断言している点にあります。
レイ・ダリオ(ヘッジファンドの帝王)
その際、株式の変動リスク(標準偏差=σ)は米国債の変動リスクの3倍である点に注意。例えば「株式50%・米国債50%」のポートフォリオでは分散が不十分で株価暴落の時のダメージは想像以上に大きい。
したがって、個人投資家には下記のポートフォリオ(オールシーズンズ戦略)を推奨する。
・米国株式:30%
・中期米国国債:15%
・長期米国国債:40%
・金:7.5%
・コモディティ:7.5%
実際、2020年03月の新型コロナショックの際に私が保有していた超長期米国国債(VGLTとEDV)が逆行高になり、それらを売却して現金化し、暴落してバーゲン価格になったいわゆる「バフェット銘柄」を中心に米国株を購入することができました。過去のデータを分析して、株価暴落時における米国国債の耐性が高いことも個人的に確認しています。
『世界のエリート投資家は何を見て動くのか』
カール・アイカーン(物言う株主)
カール・アイカーンが経営者と戦うのは、彼ら個人投資家のためでもある。
米国の株式会社に仕組みについては詳しくありませんが、確かに、莫大な役員報酬を見ているとアイカーン氏の指摘も当てはまるのかなと思います。
また、「誰からでも好かれるタイプが出世してCEOになることが多い」というのは日本の大企業におけるサラリーマン社長にも当てはまりますし、日本企業だと年に1回の株主総会が株主が経営者を牽制する機能を果たしていますが米国ではそういう場がないので、アイカーン氏の指摘はもっともかと。
デイビッド・スウェンセン(イェール大学基金239億ドルの運用責任者)
・米国株式:30%
・米国リート:15%
・先進国株式(米国を除く):15%
・新興国株式:10%
・米国国債:30%
個人投資家にとって意思決定できる事項を「資産配分」「銘柄選択」「売買タイミング」という3点に単純化した点は秀逸です。目からウロコが落ちました。しかも後2者(銘柄選択と売買タイミング)はほとんど意味がないという点も説得力があります。
ジョン・C・ボーグル(バンガード・グループ創業者)
・自分の目標とリスク許容度に合わせて資産配分を決める。
・低コストのインデックスファンドを使って(上記の資産配分に従って)分散投資をする。
・自分の年齢と同じ率を債券に回す(大まかな目安)。
・株式:60%
・バンガード・トータル債券市場ファンド:20%
・地方債ファンド:20%
個人的にバンガード社のETFにはお世話になっています。低い管理費が魅力ですよね。
ウォーレン・バフェット(オマハの賢人)
・低コストのS&P500インデックスファンド(バンガード推奨):90%
・短期米国債:10%
世界で初めてインデックスファンドを開発したボーグルと、それを高く評価するバフェット。そして2人の間を仲介した著者。とてもいい話だと思います。
カイル・バス(ヘッジファンド創業者)
ウォーレン・バフェットはオクラホマ州オマハに住んでいます。
ジョン・M・テンプルトン卿は、ニューヨークから離れてバハマのナッソーに移住してから、運用ファンドの成績が向上しました。
投資に打ち込む天才にとっては、雑音から隔絶された場所が最適なのかもしれません。
マーク・ファーバー(逆張り投資家)
・株式:25%
・金(GOLD):25%
・現金:25%
・不動産:25%
・株式:20%
・金(GOLD):25%
・現金と(主に)新興国債券:30%から35%
・不動産:30%
マーク・ファーバーは、チューリッヒ大学で経済学を専攻して24歳で博士号を取得した天才です。インデックスファンド信仰もいいけど、現金を握りしめて暴落を我慢強く待つという感じの「逆張り投資家」ですね。
にもかかわらず、ファーバーがここで開示している自分のポートフォリオの中に株式(上述のとおり新興国債券を含む)や不動産がそれぞれが25%以上あるというのは、暴落を待つといっても全降りノーポジで待つのではなく、ポートフォリオの半分以上が株式や不動産だという話で非常に面白いと思います。
チャールズ・シュワブ(ディスカウント証券会社の創業者)
・適切な教育を受ける(将来の需要が増えそうな仕事と関連した教育)。
・給料が高い仕事に就く。
・倹約して貯蓄する。
・ここまで来れば、適切な投資を始められる。
チャールズ・シュワブは米国の個人投資家から尊敬を集めた経営者の1人です。
インタビューにおいて質問への回答からも誠実な人柄が滲み出ています。
ジョン・テンプルトン卿(逆張りの国際投資家)
ジョン・テンプルトン卿は、
- 強気相場は悲観のなかで生まれ、懐疑のなかで育ち、楽観とともに成熟し、陶酔のなかで消えてゆく。悲観の極みは最高の買い時であり、楽観の極みは最高の売り時である。(Bull markets are born on pessimism, grow on skepticism, mature on optimism and die on euphoria. The time of maximum pessimism is the best time to buy, and the time of maximum optimism is the best time to sell./Sir John Marks Templeton)
の格言で広く知られた投資家です。
この4つのフェーズ(悲観/懐疑/楽観/陶酔)はどの上昇相場にも必ず見られるので、世の中(他の投資家)が今どのフェーズにいるかを冷静に判断することができれば、次のフェーズの到来を予想して的確な投資判断ができるいう訳ですね。
悲観フェーズなら積極的に買い、懐疑フェーズならまだまだ安全、楽観フェーズだと少し用心して、陶酔フェーズなら早めに売り抜け、という感じでしょうか。
テンプルトン卿については下記の読書備忘録もご参照ください。
その他
本書には下記3名のインタビューも掲載されています。
- ポール・チューダー・ジョーンズ(先物取引の天才)
- メアリー・キャラハン・アードス(JPモルガン・チェース・アセット・マネジメント部門CEO)
- ブーン・ピケンズ(乗っ取り屋)
感想
本来、原著である『MONEY』(Master the Game: 7 Simple Steps to Financial Freedom)が米国市民を対象に書かれたものであり、日本と税制などの制度が違うので少し読みにくい感じがしました。
また、超大物の投資家に直接インタビューをしている点は著者の凄さを感じますが、人数が多い分、十分に掘り下げられずに浅くなっている点は仕方ないかと(バフェットを除いて数時間ぐらいのインタビューをしているので深掘りした情報は手元に持っているのでしょうが、多分、超ビップ向けセミナーのコンテンツとして使っているのかも知れません。完全に推測でしかないのですが)。
しかし、そういう欠点があっても、著名な投資家の考え方を横串で読めるのは読者の利点も大きいと思います。ポジショントークを割り引いて、ざくっとまとめると、
- インデックスファンドを買うこと。
- 長期保有すること(バイ・アンド・ホールド)。
- ポートフォリオは定期的にリバランスすること。
という感じでしょうか。
個人的には、マーク・ファーバーやジョン・テンプルトン卿のように大局を見ながら現金を握り締めて暴落を待つ(逆張り)手法は魅力的なのですが。
最後になりましたが、各巻末の山崎元氏による解説は必読です。ちなみに山崎氏の推奨ポートフォリオは
- 海外株:60%
- 日本株:40%
となっています。
(了)