本書の著者(ローレン・C・テンプルトン)は、ジョン・M・テンプルトン卿(1912年 – 2008年)の実兄の孫娘(又姪)に当たる人物で、内輪で語られた逸話も散りばめられています。
テンプルトン卿が1954年に設立したテンプルトン成長株投信株式会社は38年間に渡って年15%の成長を記録しました。また、生涯で10億ドル以上の社会貢献をした篤志家であり、1987年にイギリス王室からナイトの称号を授与されています。
以下、興味を持った箇所を備忘録として残しておきます。
「まえがき」(テンプルトン卿)
今、企業の価値に比べ最も割安な価格で株を買おうとしているとする。このとき、株式がバーゲン価格で提供される理由はひとつしかない。ほかの投資家が売っているということだ。それ以外の理由はない。バーゲン価格で買うには大衆が最も恐れ、最も悲観的になっているところを探さなければならない。将来の強力な収益力を割安な価格で買えたときは非常に良い投資と言える。それを実現する方法は他人が売っているときに買う以外にない。投資家はなかなかこの考え方を実践に移せない。大勢の意見に逆らって行動することは容易ではない。私は投資キャリアを通じて次のモットーに従ってきた。
前書きから、痺れますね。
他人が絶望して売っているときに買い、他人が貪欲に買っているときに売るには、最高の精神的強靭性が必要となるが、最終的には最高の報いが得られる。
そして、私の好きなテンプルトン卿の格言(1994年2月)が続きます。
強気相場は悲観のなかで生まれ、懐疑のなかで育ち、楽観とともに成熟し、陶酔のなかで消えてゆく。悲観の極みは最高の買い時であり、楽観の極みは最高の売り時である。
「悲観の極みは最高の買い時」の原点
テンプルトン卿の父親はテネシー州ウィンチェスターの小さな町で弁護士をしていました。1920年代の農業経営は脆弱で破綻するケースが多くあり、広場で競売が始まると父親は2階の事務所の窓から様子を見て買い手がいないのを確認してから裁判所に向かい、元の値段の僅か数%の価格で農場を落札しました。
テンプルトン卿は父親のこの経済活動を身近で見て理解していました。
「楽観の極みは最高の売り時」の原点。
テンプルトン卿の父親は弁護士と同時に実業家でもあり、綿花工場と綿花倉庫を所有していました。
ある時、父親は子供たちに「我が家は大金持ちになった。綿花先物市場でお前たちが想像もできないほどの大金を稼いだのだ。もうお前たちは一生働かなくて済む」と告げ、子供たちも大喜びしました。
しかし…数日後、父親は破産してしまうのです。
テンプルトン卿は父親のこの失敗から大きな教訓を得ました。
時系列
学生時代
成績が優秀で田舎町からエール大学に進学し、さらにローズ奨学金をもらって英国オックスフォード大学ベーリアル校に留学しています。
途中、大恐慌により実家からの仕送りが途絶えましたが、伯父から200ドルの援助を受け、残りの必要な資金は25%を賭けポーカーから、75%をアルバイトと奨学金から得ました。ポーカーの名手で、相手の心理を見抜く能力には卓越したものがありました(投資にも大いに役立っています)。
英国留学から米国に帰国する際、地球を逆周りして35か国を尋ねる世界旅行をおこないました。アジアでは日本にも立ち寄っています。訪問地の歴史や習慣などを事前に調査し、そして実際に自分の目で確かめるスタイルだったようです。
最初の大規模投資(1939年)
1937年にテンプルトン投資ファンドを設立しました。
最初の大きな投資は1939年で、欧州で戦争が勃発し株価が暴落している時期でした。テンプルトン卿(正しくは称号を得るはるか以前のことなので「卿」はオカシイのですが)は多額の借金をして破綻寸前の米国株式を104銘柄購入しました。その直後に欧州の戦争は第二次世界大戦に拡大し、米国参戦によって米国内に特需が発生します。
その結果、1年もたたないうちに借金を全て返済でき、その後数年で保有株を全て売却しました。1万ドルの投資は4万ドルまで増えました。104銘柄のうち失敗したのは4銘柄だけだったそうです。
日本株への投資(1950年代初めから1970年代まで)
学生時代の日本訪問の影響もあり、日本人の勤勉さや倹約精神を高く評価していました。他方、米国では日本は「安かろう悪かろう」の敗戦国だという認識が支配的でした。
1950年代初めには英語の話せる現地(日本)のブローカーを雇い、個人資産を日本株に投資していました。当時の日本は外貨規制があって日本での儲けを米国に持ち帰ることはできないという大きな問題がありましたが、日本株投資にはそれ以上のリターンがあると確信していました。
1960年代初めにその規制が緩和されると、顧客から預かっている資金も日本株に投資し始めました。当時のPERは米国株19.5倍に対して日本株4倍とバーゲンハンターには魅力的でした。
テンプルトン卿はざくっとPERを見て購入銘柄の目星をつけますが、更にPEGレシオ(Price Earnings Growth Ratio)で同業他社との比較もおこないました。たとえば、
- イトーヨーカドー:PER10倍、予想成長率30% →PEGレシオ0.3
とPERは高めなのですが、
- セーフウェイ(米国スーパーマーケット):PER8倍、予想成長率15% →PEGレシオ0.5
よりも成長が見込めるためにイトーヨーカドーのPEGレシオは低く、割安銘柄だというわけです。
1960年から1989年までの30年間で日本株は実に36倍になりました(米国からの投資であれば正しくは為替レートを考慮すべきですが本筋ではないので脇に置いておきます)。もちろんPERも右肩上がりでした。
テンプルトン卿はピークよりもずっと前(1970年代)に日本株から撤退しています。自分が計算した本質的価値以上に値上がりしたので売却して撤退したにすぎません。値上がりしすぎた株式に執着するのは「投資」ではなくてもはや「投機」だと考えていました。
日本株から撤退し、カナダ、オーストラリア、米国で見つけた有望なバーゲン株に投資をおこなっています。
韓国株への投資(1998年)
1997年のアジア金融危機の影響で韓国の株価はPER20倍からPER10倍へと大きく下落しました。
大幅下落(-64%)した韓国株ファンドに数百万ドル以上を投資し、2年後には+267%のリターンを得ています。
ドットコムバブル(2000年)
ナスダック市場のPERは1999年12月に151.7倍まで跳ね上がりました。
テンプルトン卿は空売りを狙って暴落するタイミングを測っていました。早すぎる仕掛けで自滅するショート筋が多いので慎重です。暴騰している銘柄のロックアップ解除時期を調べ、それらが暴落の引き金になると考え、暴落のタイミングをほぼ的中させることができました。一連の取引で900万ドルの利益を得ています。言うまでもなく、素人デイトレーダーは退場に追い込まれました。
2000年3月初め、ドットコムバブル崩壊の少し前、雑誌のインタビューで「個人投資家は米国債を買うように」と米国株を売却して国債を買うように推奨しました。本人は暴落を確信して米国株の空売りをしていましたが、リスクのあるショートを個人投資家に勧める代わりに米国債という代替案を勧めたのです。当時、超長期米国債(30年物)は利回り6.3%であり、その後、利回りは大きく低下(債券価格は大きく上昇)しました。
また、本人はキャリートレードでカナダ国債を購入して86%以上の利益を得ています。
9.11テロ事件(2001年)
9.11テロに際して航空会社が救済を求めて破産の可能性が取り沙汰されていましたが、テンプルトン卿は問題ないと確信していました。株式市場が休場している間に「株価が50%以上下落した航空3銘柄」を購入するように手配をし、9月17日に市場が再開したときに該当する3銘柄を買うことができました。これにより、その後6か月間で+61%のリターンを得ることができました。
中国株への投資(2004年)
これはテンプルトン卿の直接の投資ではなく、本書の著者で又姪に当たるローレン・C・テンプルトン女史へのアドバイスで、投資ファンドを運営していた彼女はそのアドバイスに従って大きな利益を得ています。
1つは、中国人寿保険への投資で3年間に1,000%値上がっています。
もう1つは中国移動通信(チャイナ・モバイル)への投資で3年で+656%のリターンがありました。この時もPEGレシオを使った分析をしていて、
- 中国移動通信:PEGレシオ=0.55
- 他国の移動通信会社:平均PEGレシオ=0.84
なので、中国移動通信は「買い」だという訳です。
その他のトッピックス
PER
PERは優れた指標でありテンプルトン卿の分析の出発点でした。PER5倍の銘柄を探すことが多くありました。
テンプルトン卿は低PERを求めて、1960年代の日本、1980年代の米国、1990年代後半の韓国に投資して素晴らしいリターンを得ています。
バーゲン価格の銘柄リスト
PSR(株価売上高倍率)、PER、PBR、PCFR(株価キャッシュフロー倍率)等をもとに降順に並べた銘柄リストは、上位は有望株が並び、逆に下位には注目度の低い不人気株が並びます。リストの最後尾こそバーゲンハンターにとって絶好の狩場(購入対象)となります。
世界中の銘柄を見て、割安株を探し、ポートフォリオに組み込んでいきました。一連の作業が終わると、割安株が1国に集中していることがあります。例えばそれが日本株であればテンプルトン卿は「日本の株が安い」と人々に推奨しました。人々はマクロ経済その他を見てそう言っているのだと誤解しましたが、実際は違うのです。
まず、割安の個別銘柄を見てボトムアップ式に「○○国の株が安い」と理解し、その後、その国のカントリーリスク等をトップダウン式に評価しているのです。
IPO株
バーゲンハンターは、市場がどんな状況であっても、IPOに出会えば常に警戒心を抱く必要があります。
企業は、できるだけ高い株価で大衆から多くの資金を集めようと狙っています。そのためにベストなタイミングを選んでIPOや増資を実施しているのです。つまり企業がIPOをするのは、「株価は割高になっている」と判断している時なのです。
一般の投資家がIPO株を入手できるチャンスがあっても購入しないようが賢明です。なぜなら良質のIPO銘柄は大口顧客にしか流れず、個人投資家には回ってきません。個人投資家に回ってくるIPO株は良い株ではありません。
バブル
1900年から1908年の米国では自動車が大衆化し、500社もの自動車会社が市場に溢れていました。1990年代後半から2000年代にかけてのドットコム企業も同じです。
活況と熱狂を経験した2つの産業に共通なのは、ブームが去った後には最初の登場人物(企業)のほとんどは倒産しており、それらに投資した人々も株式市場から退場することになりました。
また、テンプルトン卿が子供の頃、近くの屋敷を大群集が取り囲んでいました。主人が玄関に現れて大衆に合図をした後、家の中に戻ってスイッチを入れると家中の明かりが灯されたのです。群集は歓声を上げて拍手しました。1920年前後の話です。
電気はその後の世界を永遠に変えました。
しかし、電灯を見るために群集が集まった時が電力株を購入すべき時ではありませんでした。むしろ、その何年も前に電力株から撤退することが投資家にとって正しい判断だったのです。
銘柄の乗り換えルール
銘柄の過度の回転や無駄な動きを避けるためにルールを設けていました。それは、手持ちよりも50%以上良い銘柄を見つけたとたきだけ入れ替えるというものです。
例えば、100ドルの本質的価値がある株を60ドルで買って今は値上がりして100ドルだとします。要するに割安感は0です。この状態で30ドルの本質的価値がある株が20ドルで売られているとします。この銘柄は50%の割安です。この場合は前者の株を売って後者の株に乗り換えます。
このような乗り換えは、常に有望なバーゲン銘柄を継続的に探し出す努力が必要ですが、既に値上がりしてしまった保有株を手放すことで、株式市場の熱狂(バブル)に巻き込まれないで済むという利点があります。
バーゲンハンター
テンプルトン卿が投資顧問業を始めた理由は、若い頃に、株価が実際の企業価値(本質的価値)と異なって大きく動くことに気づき、そしてまた本来の本質的価値に戻っていくことに気づいたからです。
テンプルトン卿は言います。「人はいつも見通しが明るい銘柄はどれかと私に聞く。だがその質問は間違っている。本当は、見通しが暗い(しかし好転の可能性のある)銘柄を聞かなければならないのだ」と。
バーゲンハンターは、他の投資家が悪材料に過剰反応して狼狽売りをした割安株を狙うのが基本です。そうやって軽率に売られた株を、冷静にかつ迅速に購入することが成功の鍵なのです。
逆に言うと、バーゲンハンターは、証券アナリスト達が作り出した巧みな物語(テーマ株)に乗せられるようでは失格でしょう。企業研究によって得られた本質的価値を十分に下回った銘柄を買うべきなのです。
他人の物語だけを頼りに株を買うのは、ギリシャ神話のセイレーン(シレーヌ)の美しい歌に魅せられて座礁してしまう船乗りと同じです。その結末は、物語を信じてしまった投資家の漂う死体でしかありません。
心構え
バーゲンハンターは、株価暴落を辛抱強く待たなければなりません。しかし、行動するときは迅速である必要があります。
投資家心理の変化は急激であり、その前に投資していないとリターンの大半を乗り逃がす結果となる。最初のリターンをつかめるかどうかで市場の平均リターンを超えられるかどうかが決まる。大衆のあとを付いて行ったのでは大衆と同じ成果しか手にできない。そのうえ、長い間の研究によれば大勢の投資家の成績は芳しくなく、たいていは市場平均に及ばない。
群集から距離を置く
テンプルトン卿は、ニューヨークから離れてバハマのナッソーに移住しました。運用するファンドの成績が向上したのもその頃からです。
精神面だけでなく物理的な面でも投資家の群集から距離を置くことで、投資家の群衆心理を巨視的に把握できたのかもしれません。
ウォーレン・バフェット氏もまた、ネブラスカ州オマハに住んでいます。
感想
テンプルトン卿のエピソードと投資戦略が散りばめられていて、稀代のバーゲンハンターの思考回路をうかがい知ることができました。所要時間6時間。
以下、テンプルトン卿と『ウォール街のランダム・ウォーカー』の著者であるマルキール教授から個人的に感じた共通のアドバイスです。
IPO株
買ってはいけない。以上。
バブル
群集の暴走に巻き込まれてはいけない。以上。
株価収益率(PER)
企業の本質的な価値を知るには十分ではない。しかし大いに参考になる指標。
(了)