『現代ポートフォリオ理論講義』(根岸康夫著)

著者の根岸康夫氏は公認会計士で日本証券アナリスト協会検定会員。ネット上での書評を見ると、証券アナリスト第2次試験の副読本として読まれる方が多いようで高い評価を得ています。平易な表現で現代ポートフォリオ理論を説明していています。

以下、個人的な備忘録です。

ポートフォリオ効果

ポートフォリオを構成する銘柄のリスク(標準偏差)は(銘柄間の相関係数が1よりも小さい場合には)加重平均よりも下がる。

リスクとリターン

実際の投資家はリスクに関して、

  • リスク愛好型
  • リスク中立型
  • リスク回避型

に大別されるが、現代ポートフォリオ理論においては「投資家はリスク回避型」との前提に立つ。他の2分類は無視。また、リターンに関しては投資家は経済合理的なので(リスクが同じなら)ハイリターンを好むという前提に立つ。

効用無差別曲線

リスク愛好型の投資家の効用無差別曲線は、縦軸にリターン、横軸にリスクを取ったグラフでは、左上から波紋状に広がる(右下に膨らむ)。理由は、限界効用が逓減するため。
なお、効用無差別曲線の形状は個々人によって異なり一定ではない。

効率的フロンティア

複数の銘柄から構成されるポートフォリオにおいて、投資機会の集合は頭を左に向けたクラゲのような形状になる(よくある図)。これを垂直に切ると、同じリスクで高いリターンを得られるのは上縁部分にある点なので、その集合である上縁部分が効率的フロンティアとなる。

ここで、効率的フロンティア(曲線)と効用無差別曲線が接する点が最適ポートフォリオになる。ただし、効用無差別曲線は投資家個々人によって異なり、なおかつ測定困難なので、実用的とは言えない。

分離定理

Y軸上に無リスク資産の点を設定する(ノーリスクだがローリターン)。この点を通って効率的フロンティア曲線に接する直線は一意に決まる。そのとき、接点を「接点ポートフォリオ」と呼び、直線(マイナスリスクの部分を除く)が新しい効率的フロンティアになる。

※無リスク資産とは例えば長期米国債が該当する。接点ポートフォリオよりも左側部分は、たとえばその中点であれば「株式50%・長期国債50%」のポートフォリオとなる。これはレイ・ダリオのオールシーズンズ戦略と同じ発想(実際には「株式30%・長期国債50%・金7.5%・コモディティ7.5%」という構成)。目からウロコ。

※接点ポートフォリオよりも右側部分は、借金をした(長期国債を空売りした)お金で株式を(接点ポートフォリオにおける銘柄比率で)追加購入することで実現する。

相関係数ρ(ロー)

相関係数(ρ)は、非市場リスク(非システマティック・リスク)の大きさを表す。TOPIX(またはS&P500等)との相関係数が1であれば、TOPIXと完全に一致するので、雑音(ノイズ)に相当する非市場リスクが全く無い(ゼロ)ということ。相関係数が小さければ雑音(非市場リスク)が小さい。

市場リスクβ(ベータ)

相関係数が非市場リスクの大きさを表すのに対し、β(ベータ)は市場リスクの大きさを表す。

市場リスク(β)だけがリターンを決定する。相関係数(ρ)はリターンに影響しない。

なお、

  • S社の理論リターン=(S社のβ)×(市場リターン-無リスクリターン)+無リスクリターン

つまり、CAPMにおいて、縦軸にリターン、横軸に市場リスク(β)を取ったグラフでは、無リスク資産・市場平均・S社は一直線に並ぶ(証券市場線)。

ただし、縦軸にリターン、横軸にリスク(標準偏差)を取ったグラフでは、S社は効率的フロンティア(資本市場線)より下になる。

効率的市場仮説

著者(根岸氏)は効率的市場仮説を支持しているので「金融知識を学習しても利回りを向上させることは無理」だと考える。シーキングαは無意味。

※つまり、市場全体を上回るリターンは得られないので、株式インデックスのバイ・アンド・ホールドが正解。許容できるリスク量に応じて国債を買う(逆に空売りも可能)ことによって、常に効率的フロンティア上に位置することができる。

そもそも、現代ポートフォリオ理論は効率的市場仮説が大前提。

ちなみに、ユージン・ファーマは効率的市場仮説を3タイプに分類。

  • ウィーク型:過去の価格を分析しても未来の価格は予想できないと想定。→テクニカル分析アナリストの存在を否定。
  • セミストロング型:公開情報は即座に株価に織り込まれると想定。→証券アナリストの存在を否定。
  • ストロング型:内部情報さえも株価に織り込まれていると想定。→さすがに証券取引法によるインサイダー規制が不要になるので無理筋。

投資必勝法

著者(根岸氏)は効率的市場仮説の支持者だが、投資必勝法が存在しないことは証明できない。ただし、もし投資必勝法が存在していたとしても、それが書籍等で公表されることはあり得ない。なぜなら、公表されると真似をされて必勝法ではなくなり、誰も得をしないから。

※個人的にはジェームズ・シモンズの「メダリオンファンド」のように株式投資必勝法は存在する可能性があると思う(メダリオンファンドが詐欺や虚偽でないという前提)。国内でも競馬必勝法の例が存在(大阪のいわゆる”外れ馬券裁判”)。ただし「公表されることはあり得ない」という点には同意。馬券裁判でも詳細は開示されず(当事者の執筆した書籍には必勝法の詳細なし)。引退したジェームズ・シモンズが名誉欲から論文執筆という可能性はゼロではないかも。

アノマリー

「アノマリー」は、理論では説明できない現象のことなので、理論ではなくて単なる経験則。そのアノマリーも時間の経過とともに消滅していく運命にある。
グロース投資やバリュー投資もアノマリーに過ぎない。

結論

実は、アクティブ運用とパッシブ運用(インデックスファンド)で大きな差はない。

資産運用で重要なのは、どの市場に注目するのか(株式か債券か不動産か)というアセット・アロケーションである。選択する市場およびその配分によって運用成績の大勢が決定される。
投資家は投資必勝法の発見、あるいはそれを理由にした投機(投資とはいえない)に走るべきではない。

読後感

一般に、株式投資の書籍の執筆者は「大学教授」「個人投資家」「ジャーナリスト」が多く、米国では大学教授かつ個人投資家という立場の人や、証券アナリストかつ個人投資家のパターンも多く見られます。国内の書籍は余り多く読んでいないのですが、証券アナリストが個人名で投資本を出版しているケースはそれほど多くないかも知れません。

本書の著者(根岸氏)は日本証券アナリスト協会検定会員ではありますが、公認会計士という本業をお持ちなので、いわゆる証券アナリストとしてのポジショントークがありません。むしろ、ご本人は効率的市場仮説を支持しているので、第6部(結論)に見られるように、ウィーク型およびセミストロング型に関して、学者サイドと証券業界との攻防を達観している感じさえあります。

本論(現代ポートフォリオ理論)も平易に解説されていて初心者でも理解しやすいと思います。お勧め。

(了)